渦状やコンマ状となって現れる強い寒気に伴う積乱雲の雲
高緯度で発生する水平スケール200~1000㎞ の低気圧は「ポーラーロウ」(polar low; 極低気圧)
と呼ばれ、ここ数十年間の衛星観測により、北海、バレンツ海、グリーンランド海、ラブラドル海、ベー
リング海、南極など世界各地の高緯度地方の海域で頻繁に発生していることがわかってきた。
ポーラーロウが発生する典型的な状況は、冬季に冷たい陸上で形成された寒気が、相対的に暖かい海上
に吹き出しているようなとき、海から大気へ多量の熱と水蒸気が供給され、積雲対流が活発となることで、
熱帯低気圧と似たメカニズムにより、南北の温度差がないときは渦状、南が暖かく北が冷たいときは、
コンマ状の雲域ができる。このことは、数値シュミレーションの結果で示されている。
その雲の名は Polar Low(ポーラーロウ)、極低気圧、寒気内小低気圧とも呼ばれている。
バレンツ海・ノルウェー海のポーラーロウの特徴
左上の画像は、2014年3月24日の可視赤外合成画像(一般的に、デイナイトバンドと言われる可視チャンネルと近赤外チャンネルの合成)。
白く見えるところは、温度の低い高い雲、灰色は温度が高い低い雲である。また、黒く見えるところは海、青または緑がかったところは、氷晶でできた高い雲である。
右上の画像は、2007年4月6日の赤外画像で、暗くてほぼ雲のない眼のように見える部分に低気圧の中心があり、低気圧の東から南東方向にのびる帯状の雲がある。低気圧の西側から北側には、下層の積乱雲から上層に広がる巻雲が見えており、西端から北端にはCiストリークが見られる。
これらの画像からわかるように、コンマ状となるポーラーロウの典型的な形状は、黒く見える眼の周りが非対称となっているサイクロン形状となっている。通常、低気圧の中心の南側に開口部があり、北側から東側には高度の高い濃密な巻雲がある。この巻雲は、その下層の雲域に活発な対流活動があることを示しており、積乱雲を伴っている。コンマ状低気圧の西端や北端にのびるシーラスストリークは、ジェットに対応しており、トランスバースモードの波状の雲が見られることがある。このトランスバースの波状の特徴が見えるときは、ジェットの流れと圏界面との摩擦によるケルビンホルムヘルツ波が示されている。
4枚の画像中、左下図、右下図は、ノルウェー海の発達した渦状のポーラーロウの可視画像で、中心に台風のような眼があるのが特徴である。
ポーラーロウはノルウェー海とバレンツ海の子午線0度の東、北緯65度から76度の間で発生することが多い。
また、このほかにもポーラーロウの発生が多い海域は、グリーンランドの南の海域やカナダ北東部のハドソン湾が知られており、中緯度に当たる日本海もポーラーロウの発生が多く、日本海で発生するポーラーロウは、最も緯度の低い場所となっている。
南極にもポーラーロウはあるが、この付近の風の流れにより、氷からの冷たい空気の発生は持続性が低く、一般的に北極海に見られるものよりも規模が小さい。
ポーラーロウのライフサイクル
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- 発生期 発達期 減衰期
ポーラーロウのライフサイクルには3つの段階があり、初期の発生期(左図)、発達期(中図)、減衰期(右図)がある。ポーラーロウの発生にかかわる要因として、極地の寒気発生 cold air outbreaks (CAO)と、この寒気が相対的に暖かい海上に流れ出ると、海から大気へ多量の熱と水蒸気が供給され、寒気の流れの方向に沿って積雲対流が形成される。 雲の走向は二つの流れが明瞭に見えており、一つは南に向かう流れで、もう一つは北東からの流れとなっており、収束線に発達した積乱雲を含むポーラーロウが現れている。ポーラーロウはノルウェー沿岸に近づくにつれ発達するが、陸地に接すると海からの熱と水蒸気の供給が断たれ、急速に雲は衰弱するのが特徴となっている。
数値シュミレーション実験でわかる雲渦型とコンマ雲型
熱的不安定と傾圧不安定:ポーラーロウが発達するメカニズムは、熱的不安定と傾圧不安定との相互作用が要因とされている。ポーラーロウの内部では積雲対流が活発であることから、凝結熱をエネルギー源とする台風と似たメカニズムで発達する。これが熱的不安定と呼ばれるもので、一方は、基本場の水平温度勾配をエネルギー源とする傾圧不安定である。これまでの研究で両者の相互作用はポーラーロウの発達に重要な役割を果たしていると考えられている。
衛星画像で見るポーラーロウの雲パターンを数値シミュレーションで再現:衛星画像でポーラーロウの雲パターンを見ると、スパイラル状のミニ台風のような雲パターン、コンマ状のミニ温帯低気圧のような雲パターン、そのどちらでもない形状などがある。
熱的不安定と傾圧不安定との関係を体系的に調べるために、解像度5kmの3次元気象庁非静力学モデル(JMA-NHM)を利用した数値シュミレーション実験が行われた。環境場を単純化した条件下で、ポーラーロウ内部の構造や積雲対流は現実的に表現するため、雲水・雲氷・雨・雪・あられの雲物理過程を考慮したうえで、様々なシュミレーションが試行された結果、環境場の傾圧性を変えるだけで、多様なポーラーロウの形状が再現されることがわかった。
数値シュミレーション実験で再現されたポーラーロウの雲パターン
- M1 M2 M3
ポーラーロウの理想化実験 柳瀬亘 2010年 〝天気"57.6
実験の雲パターン(鉛直積算した凝結水の量;影) と海面気圧(コンター;3hPa ごと)M1、M2は、水平解像度5Km、M3は水平解像度2km
東京大学海洋研究所の柳瀬亘・新野宏によるポーラーロウの数値シミュレーション(2007年)、柳瀬亘「ポーラーロウの理想化実験」(2010年)の報告を見ると、初期場に下層で半径20kmで最大風速7m/sの軸対称渦を置き、この渦の発達程度の時間変化を調べた結果、傾圧場を全く与えていない場合でもポーラーロウは発達し、傾圧場を強くするほど発達率は大きくなり、積雲対流の凝結熱だけがエネルギー源の場合に対し、傾圧場が強い場合ほど基本場の温位勾配からのエネルギー源が加わり、雲パターンが変化していった。
再現されたポーラーロウの雲パターンは、下図のとおりで、初期場の小さな渦から傾圧場を少し強くしたM1では軸対称性が崩れたポーラーロウが形成され、傾圧場をさらに強くしたM2ではコンマ状の大きなポーラーロウが発達した。M2のポーラーロウは、湿潤過程によって発達率が増加した傾圧不安定であると解釈でき、湿潤過程は傾圧不安定波のメソβスケールの構造も変化させ、中心部では下降流、下層の暖気核、直立した低気圧の軸という特徴が見られ、低気圧の東側では上昇流が狭く強くなっていた。M3は、温度勾配が無い実験で再現された雲パターンで、台風の様なスパイラルバンドや中心部の眼と壁雲の構造を持つ台風と似た構造を示し、上層には明瞭な寒気ドームと寒気核を伴っていた。
このように環境場の傾圧性とポーラーロウの形状との関係は、温度勾配(傾圧性)を変化させるだけで、衛星観測で見られるような多様な形状のポーラーロウを説明できることが確認できた。これは、先行研究で観測された幾つかの事例における関係とも整合している。
【日本海のポーラーロウ 事例解析】
台風のような眼があるポーラーロウ
日本海にもポーラーロウがしばしば発生する。日本海の緯度は北緯34度~46度程度で中緯度帯ではあるが、冬季に強い寒気を形成するユーラシア大陸と暖かい対馬暖流の存在が、ポーラーロウの発生しやすい環境を形成している。主に12~2月、西高東低の冬型の気圧配置のとき、低気圧の西側にある寒気場内に、衛星画像や天気図上の小さな低気圧として見られる。
ポーラーロウは、寒気内小低気圧(MPC:meso-scale polar cyclone)と呼ばれ、寒候期に寒帯前線ジェット気流の極側、総観場の低気圧の寒気場内の海上で形成されるメソβ~メソαスケールの低気圧(中規模~中間規模低気圧)で、局地的に強風・突風、暴風・高波、雷、雹、大雪(気温が高い場合は大雨)など顕著な現象を伴うことが多く、過去の記録からは、強風による山陰線余部鉄橋での列車転落事故(1986年12月)や、 北海道沖での約6千トンの旧ソ連船の海難事故(1981年2月)など、里雪型の豪雪や、強風・波浪による列車事故・海難事故を引き起こしてきた。
写真は2005年12月5日9時の衛星可視画像だが、日本海にある台風の眼のように発達した渦状の雲がポーラーロウである。前線は伴っておらず、台風のように渦巻いている雲は発達した積乱雲でできている。
同日9時の地上天気図では、三陸沖に閉塞前線、温暖前線、寒冷前線を伴った980hPaの発達した低気圧があり、その西側の日本海にある中心気圧986hPaの小低気圧がポーラーロウである。上層には強い寒気があり、大気の状態が不安定となるため発達した積乱雲に覆われ、雷や竜巻などが発生する。
ポーラーロウは5日9時には急発達し、日本海側の各地では暴風と高波を伴い、強烈な雷が長時間にわたって鳴り響く荒れた天気となった。このため舞鶴市では落雷が原因とみられる火災が2件発生、100戸が一時停電した。
舞鶴海洋気象台(当時)の観測記録では、5日から6日にかけて、雷が四六時中観測され、みぞれ混じりの雨やひょうが降るとともに、雪あられと氷あられが降り2㎝の積雪(あられも積もると積雪と呼ぶ)が観測された。さらに、岐阜県では山間部を中心に6日にかけ12月としては記録的な大雪が降った。
 上図の衛星可視画像で日本海の発達した渦状の雲域がポーラーロウである。寒気場内の低気圧のため前線は伴っておらず、台風のように渦巻いている様子が分かる。
衛星画像や気象レーダーで見られるポーラーロウに伴う雲域は、コンマ状あるいはスパイラル状を呈し、非常に発達すると眼のある台風に似た渦状になる。また、コンマ状の雲域は「コンマ雲」または、「コンマ雲低気圧」と呼ばれる。
寒冷渦または寒冷トラフの南下に伴う500hPaで-36℃前後の非常に強い寒気が日本海に流入してくると、対馬暖流の影響で海面からの顕熱と水蒸気の補給を受けて、下層に暖気核を形成するとともに上層の強い寒気核を要因として、傾圧不安定と条件付不安定の場で対流混合層を形成し、積乱雲を主体とする雲渦を形成する。
右図は同日9時の地上天気図である。三陸沖には閉塞前線、温暖前線、寒冷前線を伴った980hPaの発達中の低気圧がある。
この低気圧には、今後24時間以内に最大風速が55ktに達する海上暴風警報が出されている。その後面、寒冷前線の北西側の寒気場内の日本海に986hPaの低気圧がある。これが、衛星画像の渦状のポーラーロウに対応している。
 500hPa高層天気図では、ポーラーロウにあたる低圧部が日本海にある。その前面にあたる輪島では-35℃以下となっており、寒気核を伴った低気圧であることがわかる。500hPa 高度・渦度解析図では、日本海の能登半島沖の正渦度極大域が低気圧に対応している。このように低気圧と正渦度極大域がほぼ同じ位置に解析されるのはポーラーロウの特徴である。また、地上低気圧と500hPa低圧部がほとんど同じ位置に解析され渦管が立っているのも特徴である。
このとき輪島のSSIは1.1であるが、2005年12月5日 輪島(1時間ごとの値)にみるように雷電を観測していることから、大気の状態は不安定であることを示している。
2005年12月4日~6日 ひまわり6号の赤外画像(気象庁) 2005年12月4日~6日 ひまわり6号の水蒸気画像(気象庁)
【SATAIDを使った解析】
上図は、2005年12月5日11時(02UTC)のひまわり6号衛星赤外画像と、同時刻のA---B(北緯48度東経131度から北緯33度東経139度)のポーラーロウの渦中心を通る水色波線の断面解析図である。
黒実線は、赤外画像による雲頂輝度温度で雲頂高度を表している。そのほか数値予報格子点値(GPV)で解析した紫実線は、相当温位、緑実線は、湿数で、矢羽根は風を示している。
図の紫実線は相当温位線だが、上空は乾燥しているのでほぼ温位とみなせる。この相当温位から推測される圏界面は渦の北側では300hPa付近だが、渦中心では寒気ドームの窪みがあり圏界面高度は400hPa付近まで下がっている。また、その南では上空の前線が南下している様子が分かる。
図中の黒実線から雲頂高度は、渦の中心から北側100km~500kmでおよそ400hPaの高度に達し、渦の近傍の南側では200hPa近くの高度まで雲頂が達しており、非常に発達した積乱雲がある。一方、渦中心は下降流により雲がなく、台風の眼と同様に眼がある。
【あとがき】
Powlar Lowの表記は、ポーラーロウとした。ポーラーローとする著書も多数あり、気象予報士が掲げる最近のネット上の記述でもポーラーローとするものがある。自著にも、2007年初版の「天気予報のつくり方」(東京堂出版)の記述は、ポーラーローとした。
しかし、Lowの発音記号は【lou:ロォゥ】とされ、発音に順守したポーラーロウとする方が、より正確な用語の使い方と思っている。
近年の著述や論文においても、共著 2011年初版の「身近な気象の事典」(新田尚監修・日本気象予報士会編)、2015年初版の、小倉義光著 「日本の天気 その多様性とメカニズム」(東京大学出版会)、共著 2016年初版の「ひまわり8号気象衛星講座」(東京堂出版)、気象学会「天気」掲載論文 2010年 ポーラーロウの理想化実験 柳瀬亘 など多くの記述でポーラーロウが採用されていることもあり、ポーラーロウという表記を推するものである。
SATAIDについては、気象衛星センターのホームページ(おもにEnglishのホームページ)にデータの配信についてや使い方などの解説がされている。「ひまわり8号気象衛星講座」の付録DVDには、SATAIDのプログラム Gmslpd.exeがあり、過去の事例集のCD_ROMデータも簡単に取り込んで、GIF動画も作れるようになっている。
また、私のさまざまな著書の中に登場する2005年12月4日から6日のSATAIDデータは、事例集と同じ形で保存されている。
704MBの容量のデータをZIPファイルに圧縮して203MBの容量となっている。SATAIDで見たい方は、データとプログラムを以下からダウンロードして、ご自分のPCでお試しください。READMEに解説もあるが、使い方を知りたい方は、下にあるお問い合わせでご連絡を。 伊東譲司
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